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元日本ハム•工藤幹夫投手が死去!!年齢•高校•死因•家族•動画が気になる!?

   

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■元日本ハムの工藤幹夫投手が死去

元日本ハムの工藤幹夫さんが、5月13日に秋田市内の病院で亡くなったことをニュースで知りました。

死因は肝不全とのこと。

工藤さんといえば、1978年に、注目右腕として日本ハムにドラフト2位指名されて入団しますが、1984年限りで試合から遠ざかり、1988年に引退。

その後秋田市内でスポーツ店を経営しながら社会人野球チームの指導者などもしていたそうです。

そんな工藤幹夫さんについて、気になったので改めていろいろ調べてみました。

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■工藤幹夫さんの経歴

元日本ハムの工藤幹夫さんとは一体どんな人なんでしょうか?

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工藤幹夫さんは秋田県本荘市(現:由利本荘市)出身の元プロ野球選手で、1960年9月30日生まれの55歳でした。

身長は181センチ。
体重は75キロ。

また学歴としては、秋田県立本荘高校を卒業されています。

本荘高時代には、甲子園出場の経験こそないものの、巨人が獲得に乗り出そうとしていたほどの注目右腕でした。

そして、1978年のドラフトでは、日本ハムから2位で指名されて入団しました。

1979年から実践のマウンドを踏み、1981年に初勝利(その年は2勝)、1982年には20勝4敗で防御率2.10の好成績を収め、最多勝・最高勝率・ベストナインに輝きます。

そして、翌年の1983年は8勝(8敗)を挙げるものの、ケガに悩まされ、以降勝ち星を得ることができないまま、1984年4月12日のマウンドを最後に(一時は投手から野手に転向)、1988年に引退されました。

以下は、1981年の日本シリーズ巨人戦でマウンドに立つ工藤投手の投球です。

このように華々しい舞台に立っていた工藤さんですが、実質5年しかプロ野球の世界にはいなかったんですね。

現役引退後の工藤さんは、また第2の人生として故郷の秋田に戻ってスポーツ店を経営されたり、社会人野球の監督そして選手たちを指導したりしていました。

また、工藤さんのご家族としては長男の工藤壮史(まさふみ)さんがいらっしゃるのがわかっています。

なお、死因についてですが、肝不全ということです。

55歳ということで、まだ若いのにこのようなことになり、将来のプロ野球選手を育てたりできたんじゃないかと考えると非常に残念で仕方ありません。

工藤幹夫さんのお悔やみを謹んで申し上げます。

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