河野和洋(松井秀喜5打席連続敬遠)のwiki情報などをざっくりまとめてみた!
■河野和洋さんが大きな話題に!
クラブチーム「千葉熱血MAKING」の河野和洋さんが、2016年11月6日のYahooニュースのトップで取り上げられたということで話題になっています。
河野和洋さんって、あの松井秀喜さんを甲子園で5打席連続敬遠したときの投手ですよね。
クラブチーム「千葉熱血MAKING」の河野和洋兼任監督(41)が5日、現役を引退した。明徳義塾のエースとして92年夏の甲子園で星稜・松井秀喜(元巨人、ヤンキースなど)を5打席連続敬遠。「当時は大変だったけど、あれがあったからこうやって今もチャリティーで人が集まってくれる」。専大で同期だった広島・黒田の引退を見て「体もぼろぼろ。僕もそろそろ…」と決意した。
Yahooニュース
ということで、河野和洋さんのプロフィールについて調べてみました。
■河野和洋さんの経歴
松井秀喜さんを甲子園で5打席連続敬遠した河野和洋さんは一体どんな方なのでしょうか?
河野和洋さんは1974年生まれの42歳。
高知県出身の野球選手です。
河野和洋さんは高知県の名門・明徳義塾高校で投手をしており、3年のときの甲子園に出場しました。
そして、明徳義塾の対戦相手は当時、怪物高校生と言われた松井秀喜さんを擁する石川の星稜高校。
そんな注目される試合で河野和洋投手は、松井秀喜さんを5打席連続敬遠するといったびっくりするようなプレーをします。
以下は当時の動画です。
もちろん、これは監督命令で、河野和洋投手の意志ではありませんでした。
結果的に星稜が負けてしまったのもあり、ブーイングもすごいことになっていました。
応援席からはメガホンや、空き缶、帽子などがグラウンドに大量に投げ込まれるなどの騒ぎに発展。
「高校生だからスポーツマンシップにのっとって正々堂々と勝負しろよ」といった批判が多く、
明徳義塾の監督に対するバッシングが集中します。
ただ松井選手自身は内心はどうかわからないですが、大人の振るまいをしていたのが印象に残っています。
その後、松井選手はドラフト1位で巨人に入団し、日本のみならず、メジャーにも渡って活躍していくこととなります。
一方、河野和洋さんは専修大学を経て、社会人野球でプレーすることとなりました。
ちなみに、松井秀喜さんと河野和洋さんはその後、番組を通じて再会しています。
すごく爽やかな再会ですね。
松井さんと河野さんは一応、ああいうことがきっかけで友達みたいな関係になれたのでよかったのではないかなとも思います。
ということで、以上、河野和洋さんの経歴でした。